Last letter

できれば俺はその部屋には行きたくなかった。いくら自分が望んだこととはいえ、血の繋がった実の兄の死を確かめに行くなんて・・・もっと遠い場所で、誰にも知られずにひっそりと死んでくれればよかった。だが、そうでない以上俺が確かめるしかない。薬を渡す役はあいつが引き受けてくれた。兄を、イグナシオをあんなにしてしまった責任はきっちりとってもらわなければならない。俺はただ確かめに行くだけだ。そして遺体を見つけ、警察に連絡する。ドラッグクイーンが薬の量を間違えた、よくある話だから警察は深く追求したりもしないだろう。俺はただ涙を流して、昔のイグナシオはこうではなかった、自慢の兄だったのに、とでも証言すればいい。

部屋の鍵は開きっぱなしになっていた。用心して静かに開け、慌てて内側から鍵をかけた。中の空気を鼻に手をあてて恐る恐る吸い込んだ。薬のにおいが充満している。まだそこに死体があるというにおいはない。薬のにおいがしてまだよかったのかもしれない。実の兄の死臭など嗅ぎたくない。感傷に浸っている時間はない。急いで証拠となるものを隠し、警察に連絡しなければならない。死体がどこにあるか、目で見てわかってしまったので、そちらは見ないように注意しながら机の引き出しなどを捜した。あいつに関わる証拠は、まあそのままでもかまわないかもしれない。それで捕まっても自業自得だ。イグナシオに対して殺す以上のことをしたのだから。俺との関係さえバレなければそれでいい。落ち着け、少し落ち着け、俺たちは兄弟なんだから手紙や関係するものがいろいろ出てきても少しもおかしくはない。あいつに対しての調べは・・・・ドラッグクイーンの死で、警察もそんなに暇じゃないだろう。

イグナシオは机に座ったまま、息絶えていた。小さなタイプライターが机の上にある。これで脚本を書くのだと、いつも虚ろな表情をしていたのに、そのときだけうれしそうに話していた。できあがった脚本は、まずあいつに見せてそれで金を引き出そうとしていた。出版社に勤めるようになったあいつはかなり金持ちで、少し脅せばいくらでも金は出しただろう。でもそのためにだけあの本を書いたわけではなさそうだ。数ヶ月分の生活費をつぎ込んでまで、タイプライターを買ったのだから・・・

何か書いている途中で、薬は効いてきたようだ。書きあがった紙がはさまっている。イグナシオの顔はなるべく見ないようにして、紙だけを静かに抜き取った。タイプに挟まってうまく抜けない。無理に出そうとして少し紙が破れた。兄の側から離れ、小さなランプのそばによってそれを読み出した。






     親愛なるエンリケへ

僕はこれでやっと君に手紙を書けるようになった。僕はもう長い間女として生きてきたけれど、君にだけは昔と同じ口調で話しかけることにするよ。あれからいろいろあった。君も僕もずいぶん変わってしまったと思うよ。特に僕は事情があって、女として生きるようになった。その理由について、手紙ではうまくかけないから脚本を一つ書いた。君が映画監督として成功して、注目を浴びていると知ったときは本当にうれしかった。その時から僕はいつか君に映画にしてもらいたいと思って脚本を書き出した。これは君と僕だけの物語だよ。学校で君と出会い、僕は変わった。その時のことを何度も何度も思い出しながら、指で文字に綴っていったんだ。君の話した言葉、学校でのできごと、あの頃のことなら何から何まで詳しく覚えている。

君に会いたい・・・君と話したい・・・でも何から話せばいいのか。僕は女になり、薬に溺れるようになった。君といたあの頃のことはこんなにも色鮮やかに思い出すことができるのに、その後の僕の生活は、何があったかよく思い出せないんだ。あの日を境に、僕は変わってしまった。何もかもが変わってしまい・・・・

昔のことはもういいか、ただ君に会って話したい。僕はやっとまとまったお金を手に入れた。ちょっとした復讐だけど、これぐらいのことは君も許してくれるよね。僕の方がずっと酷い目にあったのだから・・・でもそれももう終わりだ。更生施設に入って、生まれ変わることができたら、今度こそ君に会いに行くよ。

脚本の結末はいろいろ考えてハッピーエンドにした。君が気に入らなかったら、もちろん変えてもかまわない。僕にはあれ以外の結末は考えられなかった。サハラの書いた手紙に気づいて主人公は彼女を助けにいくんだ。彼女と書いていいよね、サハラも僕も女として生きているんだから。そして二人は遠い街に行って、一緒に暮らすことになる。映画はここで終わりだよ。だって映画なんだもの、最後はとびっきり素敵で、夢のある終わり方にしなければ・・・

もうすぐ君に会えると思うとすごくうれしい。待っていて欲しい。僕が生まれ変わって会いに行く日まで・・・

                                       君のイグナシオより



俺はその手紙をすぐに何度も破り、まだ火が残っていた暖炉に投げ入れた。なぜ、こんな手紙を死ぬ前に書いたんだ!俺を泣かせるためか?俺のしたことを後悔させるためか?やっと立ち直ろうとして、初恋の相手に会うのを楽しみにしていた兄を、自分の保身と将来のために冷酷に殺した冷血漢の弟。わかっているさ、こんなもの見なくても俺がどれだけ酷いことをしているかぐらい、誰よりもわかっているさ。

俺は急いで机の上にあった紙に字を書いた。タイプで丁寧に打っている暇はない。前の手紙が燃え尽きる前に、書き上げなければならない。



愛するイグナシオへ

僕は誰よりも兄貴を愛している。だからあいつを誘惑して復讐を果たした。今の兄貴ではもうだめなんだよ、夢は夢、現実は現実だ。誰よりも兄貴を愛したはずの僕とあいつが、それが一番いいと思ってこういう結論を出した。でも、映画は完成させる。僕はアンヘルというふうに自分の名前を変えた。アンヘル、天使という意味だ。天使だから、何が最善の方法が、何もかもよく見えている。これが最善の方法だった。天使は、どんなに神に背き、神を裏切った人間でも愛することができる。僕は愛していたよ、弟として、そして天使として、だから僕がしたことと、これからしようとすることを許して欲しい。誰よりも愛している。

                                           弟のフアンより


書き終えた紙を慌てて暖炉の火の中に放り込んだ。火は急に大きくなり、すぐに2枚の紙切れを燃やしてしまった。それから俺はタイプライターで素早く文字を綴った。

「親愛なるエンリケへ、僕はこれでやっと・・・・」

手が震え、頭の中が混乱してそれ以上の言葉は続かなかった。警察へと電話をかけた。手は震え、嗚咽がこみ上げてまともに話すこともできないが、それが突然の兄の死に混乱している弟としては最もふさわしい演技だろう。この瞬間を逃して、再び同じレベルにまで感情を引き上げるのは難しい。いくら演劇学校のエチュードで、何十回も泣く演技の練習をしていても・・・


                                             −おわりー


後書き
 悪教育同盟でガエル君誕生日祭りをしているため、もう1本フィクを書いてみました。映画では書き出ししかなかった手紙、何を書こうとしたのかなといろいろ想像して・・・この手紙を書いているイグナシオを思い浮かべるとあまりにも切ないです。
2006、11、14



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